感謝と親切

 「どこか行くかよりも、どんな経験をするかということを重視した旅をする」という「Vacilando」の態度は、生命の神秘を思考の出発点として受け入れることから始まるように思います。

 西洋の哲学では、デカルトの「我思う故に我あり」という言葉に表現されるように、「我」が思考の出発点とされます。日本では仏教の影響を受け、自他という意味の分割が生まれる前の「如」、唯一の状態から思考が始まります。いづれにしても、生命活動の不可思議さをなんとか捉えようとした思索の結果として表現されたものです。

 ヴァシランドの態度は、生きて何か喜びを感じる、その「生きている」ということ自体が奇跡的な出来事であると感受することが大切です。それを素直に直接的に表現すると感謝になります。これまでの人生で感じたこと、私が巡礼の旅や森の中で感じた喜びそれをもとに、より良く生きるとはどういうことだろうと考えていたら「ヴァシランド」に行きつきました。その過程で、感謝について次のことをインターネットや書籍を通して知りました。

 感謝を表す「ありがとう」は「有り難し」、人の力ではできないことが成就できたときに発する言葉です。小林正観さんは「掃除」「笑い」「感謝」の頭文字を合わせた「そ・わ・か」を、人が幸せに暮らすためのヒントと述べています。

 「What are you grateful for?」というフレーズはアメリカ西海岸で、ビーガンメニューで人気のカフェレストラン「カフェ・グラティチュード」の合言葉です。オーナーが提唱するミッションには、自分だけではなくスタッフや顧客、すべての人や環境を祝福する姿勢が溢れています。

 ブルネー・ブラウンさんはヴァルネラビリティの研究から、「喜びは感謝をもって世界に関わる魂の態度」として「幸福感は状況にまつわる感情」と区別しています。そして感謝を語ることが人々の絆や信頼を深める。そして「感謝を実践することは、『これで充分であり私もこれでよいと認める』ことである」と述べています。それが、彼女が理想とする「偽りのない生き方」にとって大切なこととしています。

 ジェームズ・ドゥティさんは、波乱万丈ともいえる人生を送り、辿りつた心の境地から、人生において大切なこととして「心を開くこと」を上げています。彼はC~Lまで10個のアルファベットが頭文字となる「compassion」「dignity」「equanimity」「forgiveness」「gratitude」「humility」「integrity」「justice」「kindness」「love」を、心を開くためのキーワードとしています。感謝(gratitude)は、「自分が持っているもの全てに対する感謝の気持ちを常に心の前に置くこと」と説明しています。そして、仏教指導者のダライ・ラマさんとともにスタンフォード大学で共感についての研究をしています。

 私はサンティアゴ巡礼の旅に出たのは、もやもやしたいくつかの理由がありました。例えば、包摂的な社会とはなにか。それは可能だろうかといったことです。それを実現するには寛容さがカギになると思っていました。西洋でいう「フラタリニテ」とはいったいどんな感覚なんだろう。巡礼の結果、「フラタリニテ」を知識としてだけではなく体験を通して実感としてその片鱗を理解できました。一宿一飯の恩義のようなものを日々感じながら、毎日、街から街、宿から宿へと移動する旅です。宿に限らず、出会う人、出会う場所、全てが偶然の巡り合わせです。巡礼の旅人たちはお互いの幸運を願い、祝福し合いながら旅をします。

「グラシアス(ありがとう)」「ムーチャス・グラシアス(どうもありがとう)」と毎日、誰かに声を掛けました。自然にそうした言葉が出てくる背景には、ちょっとした親切があるからです。ささやかな親切に気づき、それが感謝の言葉として現れます。おそらく、それは日常生活でも同じです。ですから、ちょっとした親切があれば、「ありがとう」という言葉が普通に出てきて、やがて、寛容な社会になるのではないでしょうか。


【参考図書】

・「本当の勇気は『弱さ』を認めること」

 ブルネー・ブラウン著 サンマーク出版 2013/8/30

・「人生の扉を開く最強のマジック」

 ジェームズ・ドゥティ著 プレジデント社 2016/11/19

・「『そ・わ・か』の法則」

 小林正観著 サンマーク文庫 2007/5/1

・「Sacred Commerce」

 Matthew & Terces Engelhart/ North Atlantic Books /2008

0コメント

  • 1000 / 1000