心に従う

 私が「心に従う」という言葉との出会いは2004年頃に、大学時代の先輩からのメールでした。カルロス・カスタネダさん(Carlos Castaneda1925- 1998)の詩の抜粋だったと思います。

 Anything is one of a million paths. ・・・・Try it as many times as you think necessary.

Then ask your self

Does this path have a heart?

If it does, the path is good

If it doesn’t, it is of no use.  ・・・・

 それから数年経って、また同じような内容のメールをいただきました。カスタネダさんの言葉のニュアンスは「心に従う」というよりは「心のある道」を生きるといった感じです。カスタネダさんの文章に出会って以来、「心のある道」という感覚が私の心のどこかにずっとあったように感じます。

 数年前、偶然、真木悠介さんの本のモチーフとしてカスタネダの物語を見つけました。その一説に「心のある道」があります。

 わしにとっては、心のある道を歩くことだけだ。どんな道にせよ、心ある道をな。そういう道をわしは旅する。その道のりのすべてを歩みつくすことだけが、たった一つの価値のある証しなのだよ。その道を息もつかずに、目を見ひらいてわしは旅する。

「その道のりのすべてを歩みつくすこと」は、スペイン語の原文では「atravesar todo su largo」英文では「to traverse its full length」ですが、その語感を感得するのが難しいと、真木さんは注釈に書いています。2019年に私はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の道800kmを歩きました。スペイン国土の東の端部を発し、西の端部にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩く旅です。その復路、急行列車を乗り継いで、往路を戻るように進み、バルセロナまで移動しました。往路に6週間、毎日20kmを歩いた道のりを、12時間ほどで到着しました。往路と復路の歩みには質の違いがあります。「todo」は「gracias por todo」(なにかとありがとう)といったときに使われます。「atravesar todo su largo」とは「その道のすべてを味わい尽くす」ことなのだと思います。その道に心があってこそ、味わい尽くすことができるのだと思います。

 話が前後しますが、私は環境問題のことが1990年頃から気になり続けていました。そして、2004年のアースデー東京を見物したことがきっかけで、環境活動に興味を持ちました。2005年の環境万博のプレ・イベントに関わり、その後いくつかのNPOの環境活動に関わりました。それらが2015年に一区切りとなり、次の方向性を模索しはじめました。私はトランジッションタウンという市民活動を知り、その発祥の地であるイギリス南西部の田舎町トトネスを訪問しました。日本国内でも同様の活動をしている団体があることはインターネットで分かりましたが、とりあえず現地を見てみたいという思いと、トトネスに隣接する地域にあるシューマッハ・カレッジに、学校創設者のサティシュ・クマールさんに直接会ってみたいという思いがあったためイギリス行きを選びました。

 帰国後、浜松市でトランジションタウンの活動をしている人たちと仲良くなり、セミナーなどのイベントに何度か参加させていただきました。

 その中の1つに榎本英剛さんの「本当の自分を生きる」出版記念セミナーがありました。私の理解では、セミナーでの彼の話は「直観に従って生きることが、本当の自分を生きることになる」という印象でした。書籍には「内なる声」「正しい問い」という言葉で述べられています。彼は自身の人生(半生)を振り返りながら、自分の心に従う生き方の不安と喜びについて体験談を紹介するとともに、それによって道が開かれるという考え方を述べています。

 また、別のイベントで、仏教学者ジョアンナ・メイシーさんの「アクティブ・ホープ」という本を知り、読んでみました。その時は、環境問題に対して自分が何をできるのかを考える手引きのような印象を受けました。昨年、2020年にコロナ禍の中、インターネットで偶然に彼女の映画「The Great Turning」を見て、あらためて本を読み返しました。いろんな助言があるなかで、「目を閉じて、心の中で理想の未来を想像して、そこから現実とのギャップを感じ取って行動に移していく」という考え方が印象に残りました。ビジネス書でよく紹介されているバックキャスティングの手法に似ています。私としては、榎本さんの直観に対して、直観をどのように現実に結びつけていくのかという具体的な方法のように彼女の話を受け止めました。

 他にもいろいろ本を読んでみて、戦争(ベトナム戦争など)や環境問題、グレートターニング、ヒッピーカルチャー、カウンターカルチャーなどの言葉と、1960年あたりのアメリカ西海岸とがなんとなくつながっているように感じてきました。

 本を通した大まかな私の理解では、1950年~1970年頃に欧米社会を中心に世界的に転換期に入りました。潤沢な石油資源を背景に、それまでにはなかった豊かな時代になりました。そして、それまでよりも自由で開放的な社会が模索されるようになりました。キリスト教の価値観に縛られることなく、ネイティブアメリカンの思想やヨガなどのインドの思想、坐禅などの仏教文化などに影響を受け、新たな自由のための、新たな思想、思考形態が模索されました。その中から「心に従って生きる」という考え方が出来てきました。もともとは、いわゆる「引き寄せの法則」としてキリスト教の聖書や福音書、あるいは東洋の老荘思想の中にもあるものですが、それまで「神」と呼ばれていた存在の存在感が薄れ、個人の心の在り方として捉えられるようになりました。

 NVC(非暴力コミュニケーション)やアンガーマネジメント、マインドフルネス瞑想に見られるように、ある出来事が直接感情を引き起こすのではなく、その出来事に意味を与え、解釈しているその人の心(意識、マインド)によって感情が引き起こされるという解釈があります。起こっている現象を本人がどの様に受け止めるかによって、「人生」の意味がわります。

 つまり、「心に従って生きる」とは、人生を創り出しているのは自分自身だという態度、意識の在り方です。それは、人に敷かれたレールの上を進むような人生ではありません。自分自身で全行程のレールを敷くことは難しいでしょう。ですから、自分で目標地点を見定めて、レールを敷きつつ前進することです。

 「ヴァシランド」する人生は、自由を求める生き方です。それは、自由に生き、自己成長していく物語を生きるという意識の在り方です。

【参考図書】

・「気流の鳴る音」(引用p157)

 真木悠介著 ちくま学芸文庫 2003/3/1

 ※「真木悠介」は見田宗介さんのペンネームです。

・「本当の自分を生きる」

 榎本英剛著 春秋社 2017/12/19

 ※榎本さんは日本で最初にコーチングを始めた人です。

・「アクティブ・ホープ」

 ジョアンナ・メイシー著 春秋社 2015/10/18

・「まがったキュウリ 鈴木俊隆の生涯と禅の教え」

 デイヴィッド・チャドウィック著 サンガ 2019/11/25

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