「どうしようもなく暇」が好き
「どうしようもなく暇」の時間が最高の幸せかもしれない。
1週間前、ふとそんなことを思いました。
仲のいい友達との映画とランチの約束が不意にキャンセルになった。用事が予定より早く終わったとき、なにも予定のない週末など、あなたは、暇になったときはどんな感じがしますか?
「退屈だなぁ」と感じますか?
「なんか損しているんじゃないか」なんて感じたりしませんか?
おそらく、それは何か手持ち無沙汰で、居心地が悪く、時間を持て余した感じで、できれば避けたいのが「暇」ではありませんか。
今回はその「暇」を「いつもと違う方法で活用してみませんか」という提案です。
時間を持て余しているときに、同時に感じるのは、自分を持て余している感覚です。持て余す感覚は、刺激が少ない状態ですから、多くの人はその反対の刺激を求める行動を取ります。世の中は刺激的なもので溢れていますから、暇つぶしには事欠きません。スマホでゲームやネットサーフィン、ウインドショッピング、テレビなど。逆に、SNSなどに時間を取られて暇がない人もいるかと思います。
実は私の場合そうした時間の過ごし方がやや苦手です。何故かといえば、どこかカップラーメンやスナック菓子の味に似ていると感じるからです。
私が子どもの頃に「やめられない、とまらない ○○○えびせん」という宣伝コピーがありました。実際にそうしたスナック菓子を食べはじめると、一袋食べてしまいます。味の刺激が、やめられなくなる感じです。
味の良し悪しということとは別に、「人に乗せられている」というような感じが、どうも苦手なんです。阿波おどりで「踊るアホウに観るアホウ、同じアホなら踊らにゃそんそん・・・」と言われますが、「踊るアホウ」の方が、やっぱり楽しそうに感じます。「踊らされる」というよりは、自ら踊り出したいなぁと思います。
私が暇をどのように使うかといえば、隙間時間の場合、わりと本や雑誌記事を読むことが多いです。週末の場合はむしろ暇な時間を確保するようにしています。1日や半日単位でまったく何も予定を作らず、本も読まず、「どうしようもなく暇」な時間をわざわざ作ります。
そして、おもむろに絵筆をとって落書きを始めます。ハガキサイズやそれよりも小さい紙片の上に何を描くともなく筆を動かします。色を塗っているだけでも楽しかったりします。そのうち、ふとひらめいた絵や模様が浮かんでくると、繰り返しそれをアレンジしながら描き続けます。描くこと自体が半ば目的ですから、結果を気にせずに描きます。
絵を描いている自分だけの時間には、実は自分らしさを感じることはあまりありません。自分以外にだれもいないからです。奇妙な話に聞こえるかもしれませんが、ただ楽しんでいる時間は、自分を忘れています。
たまたま、私は絵を描いてみたりするのですが、人それぞれに、そうした時間の過ごし方があるのではないかと思います。
自分が消えている時間にこそ、自分との出会いがあるような気がします。あなたも、あなた自身を発見する「どうしようもなく暇」を試してみませんか?
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